JOURNEY
JOURNEY
世界を知る旅に出る
VOL.03
イギリス
What's the UK
イギリスってどんな国?
かつて、大英帝国として世界中の富を一身に集めたイギリス。
現在はEU脱退やコロナ禍などの影響もあり低迷期ともいわれているが
旧植民地とのつながりを生かし、経済大国としての存在感はいまだ健在だ。
※実際にイギリスを旅した様子を『TRANSIT 63号』に掲載しています。
近現代において、イギリスは長らく不動の覇権国家だった。19世紀初頭、産業革命後のイギリスは、世界中から原材料を輸入し、安価で良質な工業製品を大量生産。世界の工業生産額の約半分を占めるにいたる。背景には植民地の存在が大きかった。1910~1920年代には世界の23%を領有し、歴史上もっとも大きな国となった。植民地との連携によって拡大していったイギリス経済だったが、第二次大戦後、海外領土の大部分は独立国となり、世界経済トップの地位をアメリカへ譲ることとなる。
しかし、現在でもイギリスは「コモンウェルス」と呼ばれる旧植民地との緩やかな連合体を形成し、それらと連携することで世界の開発・経済情報も収集し、いまだに世界に大きな存在感をしめしている。さらにタックスヘイブン(租税回避地)の存在も大きい。イギリスは英領ヴァージン諸島やケイマン諸島などいくつかのタックスヘイブンを有していて、企業や富裕層が課税を逃れるためにタックスヘイブンを通して金融取引をしているケースもある。そうした背景もあり、外国為替取引の取扱量では、ドル、ユーロ、日本円につづき、イギリスのポンドが世界4位を誇る*1。
2020年のEU離脱以降、経済成長率の低迷や高インフレなどが叫ばれているものの、国際金融センターランキングで、ロンドンはNYに次ぐ2位*2。かつての突出した勢いはないかもしれないが、いまなお偉大なる王者としての貫禄がある。イギリスが再び世界のトップに返り咲けるかは、EU 離脱による“主権回復”で可能になった独自政策の成否にかかっている。
*1 国際決済銀行統計(2023年) *2 Z/Yen調査(2023年)
TOPIC1
世界最大の国だった
イギリスの植民地政策は16世紀頃にはじまるが、その最盛期は1910~1920年代のこと。アフリカ、中国、インド、オーストラリア、カナダ各地を植民地化し、約3370万km²を領有するにいたり、歴史上もっとも広大な領土をもつ国になった。その時代はのちに「パクス・ブリタニカ(イギリスによる平和)」と呼ばれる。第二次大戦後、次々と植民地は独立し、1997年に最後の植民地であった香港を返還。現在は大西洋などに海外領土が残る。
史上最大の国土ランキング
TOPIC2
世界経済の中心地だった
18世紀後半の産業革命と海外植民地の安定した財政基盤を背景に、世界経済の中心はオランダのアムステルダムからロンドンへと移る。19世紀後半にはイングランド銀行は世界の銀行としての役割を担い、「国際金本位制=ポンド」の構図ができあがる。しかし第一次大戦を契機に、戦争被害のなかったアメリカが経済的に優位な立場になっていく。
世界経済の中心地の変遷
TOPIC3
金融都市ロンドンと
旧植民地のネットワーク
植民地が独立したあともイギリスとの結びつきは強く、オイルマネーが集まるドバイ、インドのシリコンバレーと呼ばれるベンガルール、アジア経済の中心地シンガポール、天然資源が豊富なシドニーなど、それぞれの資金は主にロンドンに流れ込んでいるという構図がある。その影響もあり、「世界の国際金融センターランキング」では、 2018年まで世界トップを維持し、現在でもNYに次ぐ2位を堅守している。
国際金融都市ランキング
出典:Z/Yen調査(2023年)
コモンウェルス加盟国と主な金融都市Map
TOPIC4
イギリスとEUの距離感
2020年のEU離脱をへて、イギリス経済は低調がつづく。IMFが2023年に発表したイギリスのGDPは0.3%のマイナス成長。だが、EU加盟時も独自通貨ポンドを採用しつづけていたのには理由がある。工業国ドイツ、農業国フランスとは異なり、金融国家であったイギリスのポンドの強さだ。今後、EUを離脱したことによって、再び強いポンドを取り戻せるのか? 世界経済におけるイギリスの立ち位置から目が離せない状況だ。
TOPIC5
近代スポーツ発祥の地
ゴルフ、サッカー、ラグビー、テニスなど、いま世界中で愛されているスポーツのルーツはイギリスにある。もともとは貴族の娯楽として発展していったこれらのスポーツだが、産業革命を契機に余暇が生まれて労働者階級にも波及していった。イギリス発祥のスポーツが体系化されてきた19世紀半ばはイギリス植民地時代にも重なっていて、これらのスポーツは当時のイギリス植民地を通じて世界中に広がっていくこととなる。
©AP/aflo
TOPIC6
演劇は娯楽と教養
1576年にロンドン最初の劇場「シアター座」ができたことで、観劇が庶民にも手が届くものになった。その後、数多くの劇場が誕生し、シェイクスピアが活躍した「グローブ座」も建立される。言葉で楽しむ演劇への関心は識字率にも影響を与えたといわれていて、1590~1600年の間に識字率は60%から80%までアップしている。
©William Barton